アメリカMANGA事情8(ディレクター不在?)
こんにちは。サンマのおいしい季節になりましたが(笑)いかがお過ごしでしょうか。最近こっちのカレンダーに慣れてきたせいか、昨日が敬老の日だということもすっかり忘れていました。
さて、Development Hellという言葉があります。こっちの業界用語らしいのですが、つまり映画等で企画が難航する、またはお蔵入りになることを指すそうです。マンガの世界でも同じようなことがありまして、いわゆる編集会議というのが月に何回かありますが、そこで大体の作品が企画倒れに終わるか難航したりするわけです。その関門を通れた企画だけが、晴れて連載作品となるわけです。 私にはマンガ好きのアメリカ人友達が居ますが、この間彼女とその話になりました。そうしたら、 「たかが紙上に印刷するだけなのに、なんでそこまで難しいの?」と聞いてきました。要するに日本のマンガというのは、こっちのハリウッドと同じようなものなんだと説明したんですが、ピンとこないかも知れませんね(笑) 以下は私見ですが・・・ * 日本は映画がこちらほど盛んじゃない分、マンガが栄えた。戦後貧乏だった時代、紙の上ですべて表現できるマンガは、狭い空間をうまく利用することに長けている日本人にはうってつけの娯楽だったと思いますし、映画ほど金がかかりませんからね。黒澤明監督が「日本にはもう映画を撮れる場所が無い」と言っていたと編集さんの一人に聞いたことがあります。特に時代劇の話だと思うんですが、どこの土地に行っても開発されまくっているので、昔ながらの風景が失われてしまったと。
そういう背景も手伝って、映画よりもマンガの需要が伸びたのでは無いかと、私は思ったんですが。需要が伸びれば当然競争率も増します。 だからマンガでもDevelopment Hellが起こりうると。 そう友達に話したら「そんな風に考えたことはなかった」と感慨深そうでしたが。 ところで最近よく思うのが、日本のマンガというのは映画的とよくいわれますね。なのに、映画の本場のアメリカンコミックはなぜそうじゃないんだろうということです。 いわゆる現代主流のマンガというのは手塚治虫先生が映画の手法をマンガに取り入れたことから始まってますが、実際、マンガ家のほとんどは映画好きで、ある意味映画がテキストと言っても過言ではないと思います。 みんな同じかわかりませんが、少なくとも私の場合、映画を見ながら「私ならここでこうする」とか「あれは不自然だ」とか、イヤらしいかも知れませんが結構あら探し的な見方をしたりします。なので、一緒に映画を見に行った人が感動してるときに余計なことを言って興ざめさせたり、怒られたりすることもあります(笑) 逆に自分が感動したりしたら「よし、ちょっと改良して使ってやろう」とか、吸収しようとするわけですから、一般的な人とは必然的に映画の見方が違ってしまいます。 一種の職業病みたいなものです(笑) 特にプロであるほど貪欲に映画から吸い取ってやろうと思って見てる人が多いと思います。 映画嫌いのマンガ家って聞いたことありませんね。 いわゆるマンガ家というのはマンガの世界においての監督でもあり、役者でもあるわけです。最終的な作画の決定権もマンガ家にありますから、マンガ家の裁量でちょっとした演出を加えたりすることもできます。 ところが、アメリカンコミックはどうでしょう? ちょっと手元にあるアメコミ本のクレジットを覗いて見たんですが、これでもかって言うくらい、色々パートが別れてるんですよ。 すごいのになるとWriter, Pencil, Inks, Colors, Letterer, Assistant Editor, Editor, Editor in Chief, と、たった40ページ未満の本に関わった人の名前とセクション等のクレジットが載るわけなんですが、Editor (編集者)等はまあおいときましょう。Writer(著者)がちゃんといるのもわかります。しかし、Pencil(下書き)Inks(ペン入れ)Colors(彩色)が、全部別々って、どういうことやねん! と、一人で突っ込んでしまいました。 日本じゃ、せいぜい原作と作画が別れてるくらいで、およそ考えられない完璧な分業制です。ここまでズタズタに分断されてしまっては、作画する方の自由が完璧に奪われてしまって、細かい演出なんて、もう不可能ですね。特に鉛筆とペン入れが別々ってのがもう致命的。 だから硬い動きのアメコミが多くなるわけです。 アートとしては、それぞれのプロフェッショナルがやるわけですから完璧かも知れませんが、映画やマンガにおいて大事なのはエモーション(感情)ですから、それは完全に死んでいます。 アメリカでは映画の世界でもちゃんと分業制が確立しているはずなんですが、アメコミの理屈はあてはまりません。ちゃんと感情移入して違和感無く見ることができますし。なぜ感情移入ができるのかというのはつまり、俳優の力量と個性によるところが大きいと思うのです。 アメリカでは個性が大事ですので、それも理屈にかなってます。 それにディレクターがライブで指示できるという環境もあるでしょう。ちょっと自分のイメージと違ったら「カーット」て、できますもんね(笑) それと、映画の世界ではいい俳優でいい監督って人結構いますね。 メル・ギブソンやジョディー・フォスターがいい例ですが。 これをアメコミの世界に置き換えた時、果たしていいライターはいいアーティストか?はっきり言って疑問符です。 穿った見方をすれば、アメコミってのは要するにディレクター不在の世界ともいえそうですが、どう思います? こういうことを考えているうちに、ふと思いついたのが、日本のマンガ家に映画を撮らせてみたら面白いだろうな、ということです。 監督の素質としては十分ですから、あとはどれだけ個性のある俳優をリードできるかというのが難点ですが(笑)マンガやってる人ってシャイな人多いですからね。あ、でもアニメ監督だったらいたかな。 さて、アメコミがなぜ今まで生き残って来れたのかということを考えたとき、恐らくハリウッドとの関係が生命線になっていたんでしょう。アメコミの世界だけだったら購買層は恐らくマニアに限られていたはずです。 ハリウッドと提携をくむことで映画好きのアメリカ人に受け入れられていったという側面は無視できないと思われます。要するに、アメコミ単独では生き残れなかったともいえると思いますが。 しかし最近いわゆるマンガがアメリカでも受け入れられるようになってきて、アメコミの立場を脅かしつつあります。 元々、日本のマンガはもうそれだけで勝負できる力がありますから、アメコミ関係者に取っては脅威といえるんじゃないでしょうか。特にアーティストの立場が危ないかも知れません。 さて、どうなっていくんでしょう・・・? #4 Suggestions |
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