ライバル
よく漫画の世界だと、主人公にはたいていライバルがいたりする。
ライバルってのは時には敵となり、時には励まし合い、そして仲間・・・ そう言う存在だと仮定すると、あたしにもライバルはいた。 小さい頃から絵を書くのが好きで、多分一番最初に描いたと記憶してるのがスヌーピー。犬が好きだったので(笑)多分3歳くらいじゃないかと思う。 そのあと、ドラえもんなど好きな漫画のキャラクターをまねて描くようになった。 でも、漫画等と呼べる物ではなく、あくまでイラストの模写にとどまってた。 初めて漫画らしい、自分のオリジナルキャラクターといえる物を描いたのは小学生3年生の頃だと思う。* まだ引っ越して来たてでろくに友達もいなかった。
丁度その頃、同じ官舎に住む同じ学年の女の子と友達になった。 彼女の家にはそれはもうすごい量の漫画があって、のらくろからサザエさん(恐らくオリジナル版)、ドラえもん、その他諸々の漫画がいっぱいあって、遊びにいくのを楽しみにしていたもんだ。 どうやら彼女のお母さんの漫画のコレクションでもあったみたいで。 そして、彼女のお父さんも趣味で絵を描いていた。結構な腕前で展覧会でもよく賞をとっていた。 どうやらうちの母が、彼女のお母さんに「うちの娘も漫画が描くのが好きで」と話したそうで、そう言う流れで彼女に紹介してもらった。 で、初めて会った時の彼女の言葉が 「漫画描くんだって?」 あたし「うん、漫画好きだよ」 みたいな事で、自分の腕前(と言えるほどの物でもないが・笑)を得意になって披露した。 絵に関しては、まあよくほめられてたし、そこそこ自信もあったので、どんなもんだ、くらいの勢いで描いたんだと思う。 で、彼女の反応を見てみると 「ふーん・・・」 ずいぶん素っ気ない反応に、ちょっとむかついたかも。 じゃあどんなもんかけるんだ?とばかりに「今度は○○子ちゃんのみせて」 と。 ・・・その時、生まれて初めて絵で「負けた」と思った。 彼女の絵の達者さ、というか、その線は持って生まれた天性の物が既にあった。 線に迷いが無いのだ。 すらすらと、消しゴムも一切使わずに自信を持って絵を描いていく。 そればかりか、彼女は既に自分でオリジナルキャラクターを作り上げていた。 ノートを見せてもらうと、そこにはコマがびっしり並んでおり、その中でキャラクターがしゃべって、そして動いていた。4コマ漫画どころではない。 ストーリーのようながすでにあった。しかもオリジナルの。 あたしが生まれて初めて”他人”が作った漫画を見た瞬間だった。 それまであたしは、ただ単に好きなキャラクターを模写するくらいだったのに対して、彼女はすでにあたしなんかのレベルなんか通り越していた。 「まんが道」で、あたしが満賀道夫だとすると、彼女はまるで才野茂といったところか(笑)。かなりおこがましいが、まさにあの図が当てはまったような気がする。 その時から彼女はあたしのライバルになった。 彼女に負けじとばかりに、あたしも自分でオリジナルのキャラクターを作ってみた。当時、藤子不二雄に傾倒していたあたしが作ったキャラクターはまさにスネ夫とのび太を2で割ったような見てくれで、頭がめちゃくちゃいいという設定(なんだそりゃw)。 で、彼女のオリジナルキャラクターとあたしの作ったキャラクターで、二人で漫画を初めて描いた。まだ、どう漫画を描いていいのかといういろはのいも知らなかった時期だ。 「漫画の描き方」なんて本も持ってなかったしね。 で、ストーリーを作るときは近所の公園のブランコが定番の場所。 二人でそれぞれのキャラクターの役を振り当てて、まさにロールプレイングゲーム。 色んな役を二人で演じ、空想の世界で遊びながらストーリーや背景を作り上げていく。 大体SF物が多かったような気がする。 「大長編ドラえもん」シリーズみたいな感じで(笑) で、まとまってきたら今度はそれを漫画にする。 といっても、ろくな材料もそろってなかったから、それはもうお粗末だったに違いないけど(笑) 紙なんかも、うちの父が事務所から持ってくる余ったコンピューター用の、端にパンチの穴があったようなお粗末な物。色は薄い緑とか茶色とかw表には線があったので裏を使ってw ちなみに、ミシン目もあったw 彼女が一ページを描いたら、あたしがその続きを別の紙に描いていくという行き当たりばったりなやり方。全てが手探り。 その時初めて、いわゆる「ペン入れ」というのをやった。 まだその時はいわゆる「ペン」というのを知らなくて、多分サインペンと筆ペンなんかを使って描いたんじゃないかと思う。 そのうちインクとペンを使うようになったけど、初めのうちはペン先に割り箸をテープで貼付けて描いたりしてた。 ペンを教えてくれたのも彼女だ。 弟までも巻き込んで部屋を占拠して作業。 ちなみに弟の作ったキャラクターなんかも拝借したものだ(笑) まあ大長編といったって、小学生の作る物だからたかが知れてるわけだけどw 一シリーズ30ページ。多分このシリーズ、6か7くらいまで描いたんじゃないかな。 ようやるわ、とか親に言われたような気もするけどw まあ彼女の方が実際絵も上手かったし、ストーリーの展開なんかも上手かったので、重要なところはほとんどやってもらって、あたしは結構簡単なところやってたら、「たまにはちゃんと次の展開に結びつきやすいコマを描け」と怒られた事もあったな。 ちなみに、一コマずつ別々に描いてストーリーを作るという遊びもやった。 このときの経験って今でも十分生きているというか、知らず知らずに勉強していたような気がする。 小学校の頃はそんな事やって遊んでたんだけど、中学生になってからあたしが引っ越したので、この手の遊もしなくなった。 まあ中学になってまでもそんな事してたらそっちの方がアブナイか(笑) そしてあたしの興味もギャグ漫画からリアルな絵柄の漫画に惹かれていくようになったので、この頃からだんだん距離が出てきたように思う。 彼女の興味も漫画から音楽にうつっていって、よくバンド雑誌のイラストコーナーに投稿して常連になっていったし。 あたしはと言えば、中学生の頃はいわゆる自転車(ロードレーサー)にも興味が出てきたので、たまにそっちの方の雑誌にイラストの投稿とかしてた。 その後、高校が別々になったこと、彼女がちょっと遠くの町に引っ越した事もあって、だんだん疎遠になって、そして連絡が途絶えた。 今、彼女がどうしてるのかはわからない。 ひょっとして、イラストレーターかマンガ家になっているのではないかと思ってインターネットで検索してみたりもするが、名前は見当たらない。 あるいは別のペンネームになっているのか・・・ あれだけの腕前がある彼女が筆を折ったとするならば、いったい何があったのか・・・ 彼女がいなかったら、あたしは多分漫画家にはなっていなかっただろう。 今でもあたしのライバルだと思ってる。 今は、ちょっと初心に帰った気分。 もしもこのブログを見る機会があったら、是非しらせてほしい。 #150 ライバル#151 ライバル送っちまいました・・
うまいやつってホントどこにでもいるんですよね。 だからこそ前に進めるってもんです。 #152 ライバル済みません、しばらく放置してしまいました。
美味い人って確かに何処にでもいましたね。 特に、大学は美術科だったので、絵のうまい人って結構いましたし、それが刺激になったりして。 で、負けるもんか、とムキになるw |
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小学校1、2年のとき同じクラスだったT。丁度「リングにかけろ」が
大人気だったころで、その存在を始めて知ったのがTが描いた
似顔絵。今思い出してもうまかったなあ。
で、その画をきっかけにそれまで自分の中になかった
「少年ジャンプ」
というキーワードを知ることになるんです。
ウチはジャンプ買ってなかったせいもあるけど、なんつうか
あの頃のジャンプってかなり泥くさかったからマジで子供は
読んじゃいけないものかと思ってました。
まあ後々マジンガーZももともとジャンプ漫画だったって
知るんですけどね(^^;)
Tは小学校卒業とともに疎遠になってしまいましたが、
今どうしてるんだろーなあ。
まあライバルといえば、中学、高校、どこかしらにいましたね。
俺にできないものを画で表現出来たヤツはみんなライバルでした(笑)。うまいヤツってホント